2005年06月28日

宋家の三姉妹

中国の清王朝が滅び現代へと移り変わる革命に翻弄された三姉妹の物語。

中国の大財閥の宋家の三姉妹。父は宣教師でもあり、また中国全土の子供たちに「靴」を履かせることを目標とした思想家。

孫文のスポンサー兼親友でもあった。

当時の中国はそのくらい貧富の差が激しく、街の子供たちははだしで舗装されていない道路を歩いていたのです。

靄齢、慶齢、美齢。

長女靄齢は富を愛し世界の大財閥の御曹司と結婚し、中国で初の銀行を設立。、次女慶齢は父の猛反対の末孫文と駆け落ちし、思想を受け継ぐ。 三女美齢は権力を愛し、蒋介石夫人として外交の場で活躍。



長女の権力と財力があるが故の「ここぞ」という時のお金の使い方。とっても頭が切れるお姉さんです。

次女は思想に燃えて志半ばで他界した孫文の秘書をしているうちに、彼の思想を受け継ぎ、それが姉妹の争いの種になろうとは・・。

三女はお姉さまたちのように権力のある素敵な方と結婚したいわ!と、次姉の反対を押し切り蒋介石と結婚。

それぞれの選んだ道はけして楽ではないけれど、姉妹の絆の強さを感じる映画でした。



レンタルで2回、DVDでも数回、映画館でも観ました。

切なく哀しい映画ですが、女性は強くあらねば!と思い立たされる映画でもありますね。

中秋の名月を祝う席で、戦争中だから今年の月餅は小さいわと嘆くシーン、十分過ぎるほど大きいのですが・・。



あと、マギー・チャンはこの頃北京語がまだマスターできてなくて、結局吹き替えになったとか。

そして、三姉妹の中の一番長寿であられた宋美齢さんも一昨年お亡くなりに・・・。

永遠のファーストレディー。
宋家の三姉妹の末娘で蒋介石氏とご結婚されて、政治の世界で華々しく活躍された「宋美齢」さんのことをあらわす言葉なのだそうです。

CSで美齢さんの没後1周年として、彼女の辿った激動の人生を当時のフィルムを使って、振り返っていました。
映画からは知ることの出来ない素顔の美齢さんを知ることもでき、あらためて尊敬する女性の1人として、心に大きく彼女の存在は残りました。

頭の切れる長女アイ齢、思想家の慶齢。2人ともとても素敵で尊敬するけれど、やっぱり私は美齢さんにとても魅力を感じます。

そして史実をあまり、いえほとんど知らない私は宋家は三姉妹だけと思っていたら違っていたんですね(^_^;)

私が美齢さんに魅力を感じたのは、映画の中では頭の回転が速く、でも時にはとても女性らしく、時には男性顔負けの行動力と知性を発揮し、難問に立ち向かっていく・・そんなところがとても魅力に感じていました。
実際彼女はとても機転の利く性格だったようで、アメリカに留学中、歴史の授業で「南北戦争」についてのレポートをまとめる際、彼女はやっていなかったそうなんです。

で、先生にとがめられると普通は「すみません、やっていません」と答えるべきなのでしょうが、彼女は違っていました。
「私は中国人ではありますが、身も心も南部出身と変らないと思っており、このような戦争のことについては、心が痛んでお答えすることは出来ません」
この逸話は、大学内で語り継がれているそうです。
アメリカでは由緒正しいそしてかなり歴史のある、名門の大学で、あのヒラリー元大統領夫人も出身の大学だそうです。

彼女や姉たちの受けた英才教育は、留学だけではなく、中国にいる時から、授業はすべて英語で行われていたそうです。
当時教育など受けられる子女はごくわずかな上、授業がすべて英語だったというところは、さすが一流の子女の通う学校だと思いました。
今は修道院になってしまっているそうですが・・。礼拝堂だったかしら。(笑)

蒋介石夫人となられて、政治の世界へ華々しくデビューされたのですが、アメリカで遊説を行うたび、マスコミはこぞって彼女の写真と記事を書きたてたのだそうです。

それは、遊説の中身より衣装・宝石・しぐさ・・など。
日本でダイアナ妃の一挙手一投足が話題になったのと似ているかもしれませんね。
アメリカ人からしてみたら、チャイナドレスを着て英語を話す美齢産は、とても魅力的に映ったに違いありません。
それこそアメリカで育った娘が中国人と結婚した。
そういう幻想を抱いていたという説もあるくらいですから。

そして美齢さんの好物はなんと!
「七面鳥の骨」これを夜食にバリバリと召し上がられたそうです。当時仕えられてたメイドの方がインタビューでそう答えていました。

106歳で生涯を終えられた美齢さんですが、姉や姉の子供たちよりも、もちろん長生きなわけです。
この世でお別れをするのはもうたくさんとおっしゃって、とてもふさぎこんでいたこともあったそうですが、
ある日こう悟られたそうです。
「神様は私がまだこの世でやるべきことが残っていると言うことで生かされているのだわ」と。
熱心なキリスト教信者だった美齢さん、さすがです。

軍事会議の通訳、中国とアメリカの国交正常化を望み、援助を取り付けようと必死で遊説に回る反面、とても浪費家だったという話もあります。
中国が貧困にあえいでいる時、彼女はアメリカで100万ドルの買い物をしたと。
だから、彼女が一番大切なものは、1に中国2に保身だとも言われています。

それにしても、この宋家の三姉妹というのはほんとうにすごい人たちですね。
長女は中国で始めて銀行を開き、次女は孫文と革命に燃え三女は蒋介石夫人として政治の場に華々しくデビュー。
歴史を動かす人物とそれぞれ結婚してるのですから。
孔家・蒋家・孫家が大財閥の宋家と一緒になり、巨大な権力一家が出来上がったのですが・・・想像もつきませんね。
しかし、そのあと孔家は脱税で失墜していくのですが・・。

映画には描かれなかった三姉妹のその後も少し垣間見えて、とても興味深いドキュメンタリーでした。

文才がないため、あまり上手にまとめられなかったのですが、ほんの少し宋美齢さんのことに興味を持つ方がいたらいいな〜と思いました。

晩年はとても静かにお暮らしになられ、静かに息を引き取られたそうですが、97歳頃の映像もあったのですが、お若い時から変らずお綺麗でそして聡明な感じのする方でしたね。
全然年寄りっぽくないんです。
台湾政治の実権を裏で握っていただけありますね。
足が悪かったそうなので、すこしよろよろした感じはありましたが、それを除けば普通の97歳の人とは比べ物にならないくらいお若い感じを受けました。
って当たり前ですね。(^_^;)
隠居生活を送っている方よりも、まだまだ政治の実権を握って、頑張っておられたのですから。
頭を常に使っているとボケないっていうくらいですしね。

もっと美齢さんや宋家のこと、そして激動の中国史、台湾の今置かれている立場など、いろいろ知りたくなりました。

ただ雰囲気が好きで訪れていた台湾。
蒋介石と美齢さんの歴史の残る台湾。
またいつか旅行する機会があるときまでに、いろいろ勉強をしていきたいと思います。

そしてお2人のゆかりの地を台湾〜中国と巡ってみたいですね。

また「宋家の三姉妹」の映画をじっくりと見返したいと思います。
posted by ちか at 20:53| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちゃんと映画を見直してからコメントしようかなと思ったのですが、我慢できずにカキコしちゃいます(^_^;)
この三姉妹、なんてスケールの大きな生き方をした人たちなんでしょうね。これが実在した人たちだということに驚かされます。
映画の中では次女の慶齢が日本で孫文と結婚式を挙げるシーンがありましたね。あのお寺どこだったのかしら。。
中国と日本の関係、そして2つの中国の成立の背景など、私ももっと歴史を勉強しなければいけないなあと思います。こういった知識があればより映画も面白く見れるでしょうし。
ちなみにうちにはこの映画のVCDがあるのですが、日本語がないので理解するには厳しいです。(^_^;)中国語の勉強にはいいのだろうけど…やはりレンタルせねば!
Posted by みんみん at 2005年07月03日 00:13
宋三姉妹は、ほんとにすごい人生を歩んだ方たちですよね。
フィクションではなく実在したんですから・・・。
あの京都のお寺どこなんでしょう・・。
前どこかで名前聞いた気がしたんですけど・・。

私はこのビデオがなかなかレンタルできなくて、レンタル屋さんに文句言ったくらいだったんですよ。念願かなって借りられて、はまり込んでDVDを買いました(爆)
Posted by ちか at 2005年07月04日 09:28
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